大阪地方裁判所 昭和42年(わ)4581号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(事実)
被告人は八歳のころ母親が上野敏雄と結婚したため、同人らに養育されて小学校を卒業したが、その後家庭事情から羽曳野学園に入り、同所で中学校を卒業して就職し、昭和三八年右上野敏雄の弟芳博と結婚し、大阪市旭区北清水町九七五番地辰巳荘に居住し、二児を儲けたが、右芳博は昭和四二年二月はじめごろから仕事に行かなくなり、パチンコや酒に耽るようになつた。芳博はそれまでも仕事を怠けしばしば転職したが、無口な性格などのため被告人に対し転退職の相談はもとよりこれを知らせることもせず、また家庭での話合いも殆んどなかつた。被告人は自分が恵まれぬ家庭環境に育つただけに夫婦の話合いと協力で暖かい家庭を作りあげたいという希望を強くもつていたけれども、小心と内向性のため芳博を責めたり、反抗したりできず、かといつて展望を変えることもできないままひとり悩んできたのであるが、同年三月七日ごろ、ささいなことで芳博が「別れる」と言い出し、その後も時々これを口に出し、また同月中旬ごろから生活のため働いていた職場の者から「主人を取られるかも知れないね」などと言われたため、被告人は以後芳博が自分から離れて行こうとするとの妄想様念慮を抱くようになり、さらに同月末ごろには長男聖一が芳博の飲んでいた酒をこぼしたことなどから雲行が怪しくなり、芳博は被告人に対し「別れると書け」と言い出したことなどのため、被告人は前途を悲観し、寝しずまつてから台所でガス自殺を計つたが芳博に発見され、「そんなことをするのならお袋さんの前で話をしよう」と深夜上野敏雄方へ連れて行かれた。そのとき芳博は敏雄らから「女でもあるのか」と聞かれ、ただ「別れる、性格の違いや」と投げやりに言葉少く答えたが、それでも同人らに意見されて四月はじめから新しい仕事に行くことになつた。しかし、被告人は右「女でもあるのか」という言葉が耳に残るとともに、芳博がなお自分と生活を共にし仕事にも行くようになつたのは自分と相談のうえ生活の建てなおしに努力してくれているのではなく、所詮被告人以外の者の力によるものであると考えて無力感を増し、芳博が自分の言葉尻を捉えていつ「別れる」と言い出すかを恐れ、爾来極度に感情を押さえてきたが、間もなく芳博は退職願を書いてみたり持物や家財を入質、売却するようになつたため、被告人はいよいよ芳博を信ずることができず、五月上旬妊娠中絶をしてからは不眠がちとなり、憂うつ状態に陥り、自分の死ばかり考えるようになつた。そして二、三日前から不眠の続いていた同年五月二九日の夜少し前から芳博の心をつなぎとめるため行つていたように自分から求めて性交をしたが、性交中も何となくこれで夫婦生活も最後だ、芳博は自分から逃げて行き、誰かに取られるとあれこれ考えをめぐらし、それでも少しまどろんだがまもなく目を覚まし、ふとんの上に坐つてなおもじつと考え続けているうち死のうと考え、自分を思い出して貰うために芳博に傷をつけておこうとも考えたが、ついに同人を殺害して自殺しようと決意するに至り、着替えをして翌三〇日午前四時半ごろ、台所から刺身包丁(昭和四三年押第九四号の一)を取り出し、就寝中の芳博の胸部等を数回突き刺し、自分も右刺身包丁や菜切包丁(同押号の二)で手足その他を切りつけて自殺しようとしたが果さず、よつて芳博(当時三一年)をして翌三一日午前二時一五分ごろ、同区赤川町一丁目一一番地水野外科病院において、心窩部刺創による失血のため死亡させて殺害したものであるが、被告人は右犯行当時心因反応性うつ病のため心神耗弱の状態にあつたものである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は被告人は本件犯行当時心神喪失の状態にあつたものであるから無罪であると主張するので案ずるに、鑑定人今道裕之作成の精神鑑定書および証人今道裕之の当公判廷における供述(以下鑑定という)は、被告人の本件犯行を第一撃とそれ以後の打撃に分け、前者はうつ病の妄想念慮による衝動的行為として心神耗弱中の行為であり、後者は驚愕反応による朦朧状態のため心神喪失中の行為であるとしている。そして後者の点についてはなお次に述べるが、少くとも本件犯行当初から心神喪失の状態にあつたものとは、他の証拠に照らしても到底認められないところである。また、右鑑定によれば第一撃目ののちは心神喪失中の行為とされるのであるから、本件致命傷が第一撃目ののちの打撃によつて生じたものとすれば、被告人に本件殺人既遂の責任を問うことができないようであるが、しかし右鑑定が第一撃目ののちを驚愕反応による朦朧状態中の行為としたのは、被告人においてその部分の追想が不能ないし極度に困難であることを理由とするものであり、うつ病とは直接の関係はないとするところ、被告人は判示のとおり自殺を図つた際の傷のため直ちに入院し、約一ケ月後からはさらに精神病院に入院して、精神神経病(心因反応、ヒステリー反応)の病名のもとに三ケ月足らず治療を受け、また被告人に対する取調べはこれによりさらに遅れて犯行後五ケ月余りのちにようやく開始された事情から、被告人の記憶の点についてはいわゆる心因性健忘を想定する余地もありうるのではないかと考えられること、また右鑑定によればなお朦朧状態中である本件犯行直後被告人は当初の考えどおり自殺の所為におよんでいること、および現場に寝ていた子供達には危害を加えていないことなどに鑑みれば右鑑定に疑問をはさむ余地がある。しかも、かような驚愕反応なるものは正常人にも起るものとされるのであり、正常人の場合でも本件犯行の如き場合追想不能や記憶忘失を伴なうことも往々認められるところであるから、被告人が本件犯行前心神耗弱状態の被害者を殺害して自分も死のうと決意し、かつ、その意図の通り実行している(最初の一撃とそれ以降の打撃は引き続いて行なわれたものでその間に断絶があるものとは認められない)以上、被告人の本件の一連の行為は一個の人格の発現と見るほかなく、この殺人行為全体について心神耗弱の責任を負うべきであると解するのが相当である。弁護人の右主張は採用できない。(下村幸雄 川上美明 二宮征治)